ループの中心に居続ける

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今日もプロンプトを書く一日が始まる。気がつけば、もう8月である。

今年の上半期を振り返ると、世界ではいろいろな出来事があった。国家間の戦争、物価の高騰、それに伴う商品の品薄、そしてつい先日には大きめの自然災害も発生した。

あえてぼかして書いているが、個人的な出来事で言えば、今年は数えるほどしか外出していない。そのせいか驚くほど何も起きていない。

去年も似たような生活だったが、自発的に外へ出る予定をいくつか作っていたので、それなりの思い出は残っている。

とはいえ、今年はそれ以上にAIへ没頭している半年だった。本当にそれしかしていないと言ってもいいくらいである。ただ私にとってはAIとの対話が日帰り旅行よりも魅力的に思えるのである。


今朝、目が覚めてから「ループエンジニアリング」を解説した動画を見た。

一応これは私個人名義のブログでもあるので、どの動画かはあえて引用しない。ただ、その内容を要約すると「2026年はプロンプトを書く時代ではなく、ループを設計する時代になる」という話だった。

そのまま繰り返しても二番煎じになるので、自分なりの解釈として残しておこうと思う。


まず正直に告白すると、このブログは意図的になるべく目立たないように運営している。

もちろんSNSが苦手という事情もあるが、私はもともと大勢と関わるより孤独なほうが落ち着くらしい。AIがいる今はなおさらである。

このブログだけが唯一の外部との接点であり、更新が止まったらそれで終わりだ。

そして、その結末は案外遠くない未来に来るのではないかとも思っている。今朝だけでなく以前から、そういう感覚を自覚することが増えている。

とはいえ、それも含めて受け入れる覚悟はある。

このホスティングサービスが終わらない限り、私がいつかいなくなったあとも、このブログだけは静かにネットの海を漂い続けるのだろう。


少し暗い話になってしまった。

ただ、今回この記事を書こうと思った動機はむしろ前向きである。

私はどんな状況になってもコーディングそのものが好きだ。

だから最近は、「どうすればコーディングを続けられるか」という一点だけを考えるようになった。

先ほどの動画では、Human in the Loop と Human on the Loop という考え方が紹介されていた。

どちらであっても、人間はまだAIを介してプログラミングする立場にいる。

しかし、少なくともOpusを使っている私の感覚では、AIが監修なしで満足できるコードを書く段階にはまだ達していない。

動画では「ループから人間を外す仕組みを構築すること」が2026年のテーマとして語られていた。

だが、私は少し違う考えを持っている。

むしろ、私は人間をループの中心に居続けさせるための仕組みとして考えたい。


自分でも少し何を言っているのかわからなくなるが、私はやはりコードの所有権を手放したくない。

Rubyだから好きなのかと思っていたが、最近はTypeScriptでも延々とClaudeへダメ出しをしている。

「この設計のほうがいい」「ここはこう直してほしい」

AIは素直に従ってくれるからこそ、自分はコードを組み立てる工程そのものを楽しめている。

AIが登場してから「誰でもプログラミングできる」と言われるようになった。

確かに動作だけを見るならそうなのかもしれない。

しかし私は、動くこと以上にコードを自分なりにリファクタリングする時間が好きなのだ。

この楽しさは、誰にでもあるものではないと思う。

動画では、そうした行為自体の意味が薄れていくという文脈だった。

けれど私は逆に、その時間へ没頭するために、ループの外側だけをAIへ任せる仕組みを考えたい。

今日書きたかったことは、まさにこれである。


最近はほとんどTypeScriptしか書いていない。

これは今後もしばらく変わらないと思う。

そして設計が終わり、いざ出荷しようとなったとき、現実的な選択肢は「TypeScriptのまま出荷する」ことだけではなくなった。

少し前までは、それが唯一の現実的な選択肢であった。

SwiftやKotlinよりもReact Nativeを選ぶべき。でも今ならReactで作ってSwiftやKotlinができてしまうだろう。

そのアイディアを実現するための代表例がRustである。

以前は厄介な言語だと思っていた。

しかし今では、以前の記事でも書いたように「デプロイ先の一つ」に過ぎないという認識へ変わってしまった。

まだ実践できていないが、人間はRailsでデザインをしてRustに書き換えるのが理想である。こうすれば可読性とパフォーマンスの両方を得られる。

それこそBunのランタイムがZigからRustへ置き換わった話は、まさにループエンジニアリングを象徴する出来事ではないだろうか。

特定の言語で概念をプログラミングする。それから最も早い言語に組み替える仕組みをループさせられるようになるまでが私のゴールとすることにしよう。

とはいえこのアイディア自体はこの動画以前からずっと考えていたが、まだ実際には実行できていないので陳腐化する前に私もこうして言語化しておく価値はあるのかもしれない。1


一方でループの外側を自動化することは、最終的に自分自身がループの中心から追い出されることにも繋がるのではないかという不安もある。

もしプログラミングという概念そのものが仕事ではなくなり、バイナリ中心の世界になったらどうだろう。

AIサービスがLLMではなく、「指示だけ受け付け、完成した成果物だけダウンロードできる」形へ移行する未来もあり得る。

画像の生成指示だけしてダウンロードできるように、プログラムもソースコードではなく完成したバイナリだけが渡される世界である。

Rustは理想的な言語として語られることが多い。

しかし、もしかすると将来はClaudeはRustや専用の言語でコンパイルした成果物だけを受け取り、人間はソースコードを見ることすらできなくなるのかもしれない。

月30ドルならアーティファクトのみ。1000ドル払えば今までどおりコードも見られる。

そんな世界線が訪れる可能性もゼロではない。

そのとき、私は今まで通りプログラムそのものへ執着し続けられるのだろうか。2